「渡辺直己 短歌集」について
1968年、私は「きけわだつみの声」による男声合唱曲を委嘱された。私はこの本をよく読み、その中から短歌の一連を選び、作曲することとした。作曲を続けているころ、その中に「戦場に行く前に作った短歌があるが」と関係者から知らされたのである。それで私はこの計画を中止し、伊藤桂一さんの詩による「戦旅」を書いたのであった。しかし、この短歌のことはその後も時々心に浮んだ。戦場に行く前の作としても戦中のわれわれすべての体験からのものであり、やはり戦争の記録である。その上、これらの短歌の大半は戦場の実録なのである。今回、東海メールクワィアーからの委嘱を受け、私はこの短歌集を十二曲として作曲することを決意した。
私の友人たちは多く召集されて戦地に赴き、ある者は上海で片腕を失い、また、西南太平洋で乗艦と運命を共にし、また、フィリッピンで飢え、また、ガダルカナルに派遣されて帰らず、また、シベリアに長く抑留されて辛酸の毎日を送った。
誰が喜んで戦場に行っただろうか?誰が人を殺すことを望んだだろう?当時の法律に従って戦い、多くが戦死し、また無理がたたって既に無くなった人も多い。
同じ年配でありながら召集令状も来ず、そして今も生き残っている私は、せめてこのような人たち戦場での日本兵、そして中国兵も、その毎日の一端であるこれらの短歌に作曲し、鎮魂の歌としたいと心から願っての労作である。
「平和」はエウリピデスのギリシア悲劇「トロイの女たち」以来、人類の渇望である。小さな、しかしたくさんの地域の闘争が、それぞれ次第に激しいものになっていき、遂に世界大戦にまで成り進んでいく様子も私は見た。真の平和を望む強い決意のためにもこの短歌集が役立つことを、私はあわせて願っている。(高田三郎)
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Ichiro Shimizu <i-shimizu@music.email.ne.jp>
Created: 06/20/1996,
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